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最近、がんなどの早期発見を目指して、遺伝子(*1)、マイクロRNA(*2)、アミノ酸(*3)などの検査が注目されています。どの様な検査で、どんな特徴があるのでしょうか?
内視鏡やCT・MRIなどの画像診断の発達等により、がんは昔よりも比較的早期に発見や治療ができる様になってきました。とはいえ、例えば膵癌は、9月に発表された国立がんセンターの最新データでも、まだまだ見つかった段階で既に4割の方に遠隔転移があるというのが現状です。ですので、膵癌など進行の早いがんでは特に、画像で分かるしこりになる前に、異常を出来るだけ早く見つけ出すことが喫緊の課題となっており、その候補として、マイクロRNA検査・アミノインデックスなどに注目が集まっています。
がんは、遺伝子の疾患です。最初に体細胞の遺伝子に幾つか変化(変異)が起こり、その改変された設計図に基づいて、遺伝情報の発現が異常となり、マイクロRNAなどの指令が混乱し、生成されるアミノ酸の割合に変化を起こし、異常なタンパクや異常な増殖性を持った細胞が作られ、腫瘍=しこりとなります。そして転移する力を獲得した後は、血液、リンパ等の流れに乗り、あるいは腹膜を介して全身へと転移していきます。
がんを異常な建築物に例えるとするなら、今までの検査は、異常な建物が建ってから見付け出す検査でした。ところが、建ってから発見するのでは手遅れとなるがん(膵癌など)があり、出来れば異常な建物が建つ前に、設計図や部品の異常の段階で検知することが求められ研究がなされてきました。異常を検知する段階別に各種検査を整理すると、以下のようになります。
・遺伝子の変異(設計図のミス)の段階で見つける → 遺伝子検査(詳細下記)
・遺伝子の発現(RNA)の異常(発注のミス)の段階で見つける → マイクロRNA検査(発注全体のチェック=マイクロアレイ血液検査・特定の発注のチェック=ミアテスト®など)
・アミノ酸の割合の異常(アミノ酸という部品の割合の異常)の段階で見つける → アミノインデックスがんスクリーニング
・代謝産物全体の異常(部品全体のビッグデータの異常)で見つける → メタボローム解析(まだ臨床応用されていません)
・しこりの段階(建物の異常)で見つける → 内視鏡・CT・MRIなど従来の光学・画像検査
・がんの産生するタンパク質(建物からの排出物)で見つける → 腫瘍マーカー
では、それぞれ詳しく見ていきましょう。
【遺伝子検査】
(がんを含めた各種疾患のかかりやすさの傾向の検査です)
2007年、Googleが出資を行っている23andMe社のサービス開始を嚆矢に、各企業が参入しています。いわゆる多くの商業ベースで行われている遺伝子検査は、DTC(Direct-to-Consumer)遺伝子検査と呼ばれる、採取した唾液等から特定の病気に関係することが分かっている遺伝子(SNP(*4))の変異の有無と変異の積みかさなりの程度(リスク)を調べる検査です。
疾患にかかりやすいか?の傾向を知る検査と言えます。
今現在がんがあるかは分かりません。また、検査会社により、対象となるSNPの部位・数が異なるため(全遺伝子解析ではないため)、異なった結果となり得ることが知られています。
2013年に23andMe社は、アメリカ食品医薬品局(FDA)から「安全性基準を満たしていない」と一時販売停止命令が下されました。まだまだ科学的根拠、結果の解釈、品質保障、個人情報保護など課題は多いと言われています。さらに、異常な遺伝子を持っていても、それが実際動き出す(発現する)ことがなければ、病気にはならないことにも注意が必要です。ただし、がん以外の生活習慣病やアルツハイマーなどのリスクも分かります。
この分野は、次世代シーケンサー(*5)により安価に短時間に網羅的遺伝子(ゲノム)解析ができるようになってきたため、これをがんの日常診療に導入し、がん自体の遺伝子情報を解析し、原因遺伝子を標的とする分子標的薬による個別化、精密医療(プレシジョン・メディシン)というがん医療革命が起きつつある分野でもあります。
このようないくつか種類の違う遺伝子関連検査が、日本語では全て「遺伝子検査」と単に表記されていることがあることにも、注意が必要です。
結果の利用法としては、リスクの高い疾患にならないように生活習慣を改善する手がかりとして用いることになります。がんの早期発見には適しません。
以下の検査は、採血時のがんの可能性を調べる検査です(異常が認められた場合のがんの確定診断には、あくまでも追加で従来の内視鏡、画像検査などでの確認が必要です)。精密検査の結果で異常が認められない場合は、原理的に画像で分かるよりもごく初期に検知している可能性がありますので、数ヶ月おきに慎重にフォローする必要が出てくることもあります。
【マイクロアレイ血液検査】
対象:消化器系癌(胃癌・大腸癌・胆道癌・膵癌)
DNAチップ(プレート上に多数の遺伝子を配置した検査器具)を使い、細胞内の数千から数万種類の遺伝子の発現パターンを短時間で網羅的に調べることができる検査です。血液中の単核球が示す癌への反応をDNAチップを用いて遺伝子レベルで分析します。膵癌を含めて一度に網羅的に上記の消化器系癌を調べることができ、さらに部位ごとに判定ができます。早期のがんにも対応しています。
【ミアテスト®】
対象:膵癌・乳癌・アルツハイマー
血液中の特定のマイクロRNAが特定の病気で上昇することを利用した検査です。病気の種類に特徴的なマイクロRNAを用いて、膵癌・乳癌・アルツハイマーの可能性を調べます。膵癌を含め、対象になる病気についてピンポイントに調べたい時におすすめです。対象疾患は、任意に選べます。早期のがんにも対応しています。
【アミノインデックスがんリスクスクリーニング】
対象:胃癌・肺癌・大腸癌・膵癌・乳癌・子宮・卵巣癌
健康な人のアミノ酸濃度は一定に保たれるようにコントロールされていますが、病気になると、そのバランスが特徴的に変化します。血液中の20種類のアミノ酸濃度を測定し、健康な人とがんである人のアミノ酸濃度バランスの違いを統計的に解析することで、現在、上記のそれぞれのがん種について、がんにかかっている可能性を評価する検査です。1回の採血(約5ml)で、複数のがんを同時に検査することができます。早期のがんにも対応しています。ただし、食事の影響を受けますので、検査前8時間以内に、水以外(食事、サプリメント等)は摂らず午前中に採血する必要があります。
【腫瘍マーカー】
対象:肺癌・胃癌・大腸癌・膵癌・胆管癌・肝臓癌・前立腺癌・卵巣癌など
がんの進行とともに、そのがんに特徴的なタンパク質を産生するものがあり、そのようなタンパク質を抗体を使用して測定したもので、従来よりあるものです(CEA、CA19-9、CA125、PSAなど)。しかし早期がんの発見は難しいとされ、あくまでもがんの補助的診断や経過観察として用いられます(対象により腫瘍マーカーが異なります)。
以上、がん早期発見のための最新のトレンドや各種検査の特徴について説明しました。現時点では、どの検査が一番優れているかについてはまだ結論が出ていませんが、数年後には国立がんセンターのマイクロRNAに関する研究結果も出てくることが予定されており、今後の研究結果には要注目といえます。また次世代シーケンサーによる研究の進展には目を見張るものがあります。がんの早期発見に向けた研究はもとより、がんになった際にも、がん自体の遺伝子解析を行い、がんの遺伝子情報に基づいた治療(プレシジョン・メディシン=精密医療)もがん治療に革命を起こしつつあります。ただし、病気はそのような医学の進歩を待ってくれないのも事実です。昨年から当院でも上記各種検査を導入し、現時点でのできる限りの早期発見に努めております。健康保険は適用されませんが、ご希望がありましたら、どうぞ外来でご相談ください。
<脚注>
*1 遺伝子:
遺伝子とは、DNAの中のところどころにあり、私たちの体を作り動かすのに必要なアミノ酸、タンパク質などを作るための設計図です。遺伝子にはスイッチがあり、発現が調節されています。
*2 RNA:
RNAはアミノ酸をコードするmRNA=messenger RNAと、それ以外のアミノ酸をコードしないncRNA(non-cording RNA)に大別されます。ncRNAの1種にマイクロRNAがあります。血液や唾液などの体液に含まれ、人間では2500種類以上が確認されています。特定の機能を有しているのが特徴で、mRNAに結合してタンパク合成の調整を行ったりします。がん等の疾患では、マイクロRNAの機能に異常がおこり、がんの種類により異なったマイクロRNAが血液中で増えることが分かりつつあります。
*3 アミノ酸とタンパク質:
塩基が3つつながったのが、アミノ酸です。アミノ酸が100個以上つながったのがタンパク質です。自然界にはおよそ500種類ものアミノ酸が存在していますが、そのうちヒトの体を構成し、生命の維持に必要とされるのが20種類のアミノ酸です。
*4 SNP(スニップ):
一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism)の略で、一文字の塩基配列が変異し、その変異が集団内で1%以上の頻度で見られる時、これを一塩基多型と呼びます(1%未満は変異と言います)。特定の健康上のリスクや身体的特性と関連のある遺伝的変異(SNP)がわかっていて、これを通常検査しています。SNPの中には、体内で作られる酵素やタンパク質の量、発現の時期、機能などに違いを生み出すものがあります。
この違いが、体質の違いや、ある特定の病気へのかかりやすさ、薬の効果や副作用などの個人差を生み出す原因になっているとされています。これを利用して、より個人に合った治療や投薬(オーダーメード医療)への展開が期待されています。
*5 次世代シーケンサー:
2000年半ばに米国で登場した遺伝子の塩基配列を高速に読み出せる装置(Next Generation Sequencer:NGS)です。塩基配列を並列に読み出せるDNA断片数が、従来のDNAシーケンサーに比べて桁違いに多いため、ゲノム(遺伝情報)を圧倒的に低いコストと短い時間で解析することを可能にしました。人類が初めてヒトゲノムを解読するには従来型で13年、3000億円かかりましたが、最新の次世代型では、5名分が10日間、70万円で可能と驚異的な進歩を見せています。また、最近DNAなどの塩基配列変化は伴わず遺伝情報発現が変化する、エピジェネティックな変化ががんや精神疾患に大きく関わっていることも明らかなになってきていますが、この分野で次世代シーケンサーによるエピゲノム解析も盛んに行われ知見が集められています。さらに、がん自体の遺伝子を解析し、それを治療に応用するプレシジョン・メディシン=精密医療に欠かせないものとなっています。